近年、私たちの周囲の建物が立派になってきたことは、まことに目を見張るものがあります。しかも、それらは決して見せかけばかりが立派になったのではありません。建物内の環境が以前とは比べようもなく整備されています。
 これらはすべて、空気調和、給排水衛生および電気など「設備」部門の充実によるものです。
 建物をその構成要素から分類すると、「意匠」と「構造」と「設備」の3つに分けることができますが、これを人間の身体に例えれば、「意匠」は全体の容姿にあたり、「構造」は筋骨、そして「設備」は循環器、消化器、さらには神経などにあたるということができます。設備というものが現代の建物にとっていかに重要なものであるか、この例からも納得して頂けるものと思います。
 言い替えれば、現代建築の値打ちは、設備の良し悪しによって決まるものといって差し支えありません。しかも、この設備の分野こそ正に日進月歩の技術革新とともに新機材が生まれ、今後もますますその重要性を増していくことは確実です。

昔の建物は、構造と意匠とだけから成り立っていたといっても言い過ぎではありませんでした。勿論そうした時代にも、現在の設備に相当するものがなかった訳ではありません。囲炉裏とか井戸とか、行灯とか言ったようなものがそれにあたりますが、それらはいずれも孤立した存在でしかなく、現在の設備とはまったく、質を異にするものでした。
 現在、設備業界が係わる電気工事、機械設備工事、管工事、衛生工事、防災工事、空調工事等設備工事の占める割合は、本体工事の50%以上を占めるほど増大、かつ複雑化しております。これらの設備部門は、いろいろなエネルギーによって動かされ、日夜絶え間なく動き続けています。従って、建物の他の部分とは自ずと耐用年数も異なります。建物はまだ使えるが設備が古くなったため改造が必要と判断されるケースはしばしばあるもので、今後こうした現象はますます頻繁に起こってくるものと想定します。
 設備というものは、建築の他の部分とはまったく性質を異にする生き物であり、独立したシステムです。また、技術的にも建築技術とはまったく異なる専門技術分野に属するものです。


 建築技術の発展とともに設備工事のウエイトが高まり、ますます便利で、快適になってくると、その反面、危険性もそれだけ増大してきます。それはちょうど自動車が普及して便利になったために、交通事故が激増し、大気汚染が問題になってきたのとよく似ています。火災、ガス爆発、酸欠、水質汚濁、大気汚染等々、設備に関する危険は増大する一方です。設備で使用する各種のエネルギーは、一転すれば恐ろしい凶器にもなります。それだけに設備の施工や維持管理については、細心の注意が要求されるようになってきました。
 こうしたことから、最近急速に設備関係の法令の整備に力点がおかれ、安全衛生および技術基準の制定や専門技術者の資格の法制化が推進されています。
 高度に発達した設備は、専門の技術者が扱わなければ危険であるということがようやく認識されてきたのです。

前述のように設備工事は、専門の技術者を抱えた、豊富な経験を持った専門工事業者の手によって行なわれなければなりません。
 現実に全ての設備工事は専門の設備業者の手によって責任施工されています。
 例えば建築主が建築業者に一切をまとめて発注されても、実際には設備工事は常に専門の設備業者の手によって責任施工されているのが実状です。しかも、それは他の専門職種のように建築物の一部を担当しているものとは違い、建築構造体と分流したシステムのもとに、設備を総括して責任施工しているのです。

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一般社団法人 静岡県設備協会